こはくもなか個人HP「Key_Card」&同人サークル「だぶる★マインド」のブログです★
最終回後、それぞれ別々の肉体になったifシリーズ
『相棒と同じベッドじゃ眠れないぜ!』がテーマの
闇→表片想い時期な『闇様の眠れぬ一夜』のお話です
過去に「だぶる★マインド」にて発行した同人誌のWEB再録です。
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「ナイト・ライト」
…『もう一人のボク』…
―ただ愛しい声に導かれて、オレは今ここに居る。
★ ★ ★
「大好きだよ…もう一人のボク」
相棒は愛しげに呟くと、戸惑うオレをそっと両手で抱きしめた。
「相棒…」
受け入れられる事、愛される事の充足感…
ただ温かく、穏やかな幸福感がオレの全身を包み込む。
「ああ、オレもお前が好きだぜ…」
自然と零れる、この言葉に嘘はない…
――ああ…きっとこれは都合の良い『夢』なんだろうな…
徐々に意識が鮮明になるにつれて、夢がおぼろげになっていく。
――だからこそ…『夢』なら、もう少しだけ覚めないで欲しい…
だが、このままならなさこそが『夢』と『現実』が唯一似通っている点なのだ。
霞んでいく夢の中でオレはあいつを抱きしめていた。
ただ、離さない様に…ただ、見失わない様に…
このひと時の『夢』を忘れない様にと。
★ ★ ★
ぼんやりとした意識の中、何を掴むでも無く空に手を伸ばす。
まだ起き抜けで感覚の鈍い腕で身体を起こし、周りを見渡すとそこはやっと見慣れはじめてきた自分の部屋だった。
「…夢か…」
寝汗で少し汗ばむ身体、徐々に冷めていく身体の熱と思考が、さっきまでの出来事を自分が見た都合の良い『夢』なのだと教えてくれた。
―これなら、いっそ潔くエロイ夢の方がマシだな…
折角の心地良い『夢』なのだ、だったらもっと欲望に忠実な筈だと思うのに、その素直だという夢の中で、オレがした事といえばあいつをこの手で抱きしめる事だけだった。
――オレは本当にあいつの事が好きなんだな…
相棒は…『遊戯』はオレにとって…
不確かだった自分を『大切だ』と言ってくれた。
全てを受け入れてくれた、愛しくて大事な特別な存在。
一番の親友で、今は家族の様な存在でもあり…
オレの想い人。
こうやって相棒と一緒に居られる様になって、一人の人間として『二人』になれたからこそ、本当の意味であいつの傍に居られるようになった。
それは、とても嬉しい事の筈なのに…
――まったく『夢』に引っ張られ過ぎだな…
甘い夢の残り香を振り払う様に、オレはベッドから起き上がると洗面所へ向かった。
丁度、洗面台の前には身支度を済ませたばかりの相棒の姿があった。
「おはよう、もう一人のボク!」
オレの姿を見ると相棒はいつもと変わらない元気な朝の挨拶をした。
だから、そんな相棒の笑顔を見ていると、先ほどまで見ていた『夢』が『現実』を浸食しそうになる。
――『大好きだよ…もう一人のボク』
「ああ、おはよう…相棒…」
どうにも収まらない鼓動と気を抜くと紅潮しそうになる顔を隠す様に、オレは相棒の傍を通り抜けると真直ぐ洗面台へ向かった。
――マズイな…相棒の顔、まともに見れないぜ…
蛇口をひねり、叩き付ける様に冷水で顔を洗うと、『夢』と『現実』を行き来していた思考は、、だいぶ幾分かマシになった。
――これが今のオレの『現実』
武藤家の一員として、暮らし始めてはや数週間…
この『日常』が、オレの中でもやっと『普通』になってきてくれていた。
「…相棒」
あの『夢』は間違いなく、オレの中の『本心』だった…
『お前が好きだ』
たった一言の言葉の筈なのに…
「ん?どうしたの、もう一人のボク」
この相棒の無邪気な笑顔を前にすると、急に言い出せなくなってしまう…
「今夜も一緒にゲームしようぜ!」
結局、今日も当たり障りの無い『約束』だけを手に入れてしまう。
この心地良さを手放したく無いという、己の弱さと卑怯さが少し恨めしく思う。
「うん、今度こそ負けないからね!」
こんなオレの臆病な誘いに、嬉しそうに応えてくれる相棒の笑顔がオレの心をどうしようもなく惹き付ける。
オレはこのかけがえのない『普通の日々』に甘えているんだろうな。
生を、肉体を得て、オレは失う事に臆病になってしまったのかもしれない…
あんな『夢』を見てしまう程、オレはお前を求めているのにお前はそんなオレの気持ちを、きっと『夢』にも思っていないのだろうな…
★ ★ ★
楽しい事や嬉しい出来事というのは、いつも本当にあっという間だ…
オレは気がつけば夜遅くまで相棒と二人、ゲームに耽って遊んでしまっていた。
「…流石に…眠い…ね…」
大分重たくなっているらしい目蓋を無理に擦りながら、相棒は大きなあくびをした。
「そうだな、もうこんな時間か…」
この睡魔からの誘いに先に根を上げるのは、大体いつも相棒の方だ。
こんな深夜までオレに付き合ってくれたのだ、もう大分眠いのだろうな。
相棒は眠そうな顔で最後の気力だろうノロノロと立ち上がると…
「もう一人のボク、ベッド借りるね」
バタリと力尽きたかの様に、オレのベッドのド真ん中に倒れ込んだ。
「お、オイ!?相棒、自分の部屋で寝ろよ!」
そう、ここは『オレの部屋』で在って『お前の部屋』ではないんだぜ。
「んぅ…ちょっと位イイだろ…」
だが相棒はというと、ベッドの柔らかな誘惑にすっかり絡め獲られていた。
「ま、待て!オレは何処で寝るんだよ!!」
相棒にそこで力尽きられたら、それこそオレは何処に還れば良いんだ…
「別に一緒に寝ればいいだろ~…」
もう眠たさの限界なのだろう…
相棒はオレにとっては酷く甘美で同時に、とても残酷とも言える妥協案を提示していた。
「無理だ!」
この少々嬉しくない誘惑に、オレはキッパリと拒絶と反論をした。
「なら…ボクの部屋で寝ていいよ…」
オレが必死の抗議をしているにも拘らず…
相棒は既に半分程、心地良い夢の中といった感じだ。
「だから、お前が自分の部屋で――」
辛うじて会話をする事で現実に留まっている相棒の半身に必死に語りかけるが…
「じゃ、おやすみぃ~」
この『夜の終わりの言葉』と共に…
「…はぁ…寝ちまった…」
あいつはオレのベッドを占拠する眠れる主と化していた。
「―ったく!オレの事も考えろよ…」
さも気持ち良さそうな相棒の寝顔が、なんだか少し憎たらしかった。
――まあ、それだけオレの事など、
――相棒は意識すらしていないのだ…
だから、これは全て『オレの責任』だ…
あいつにオレが抱いている『本当の気持ち』を伝えなかったオレの弱さが招いた『結果』だった。
オレは覚悟を決めて、なるべく平常心で既に相棒に占拠されている自分のベッドへ潜り込んだ。
相棒と二心同体だった頃も、一緒に寝た事なんて何回もある訳だし今日一晩位なら、なんとか乗り切れる筈だ…
だが、そんなオレの考えは非常に甘かった…
オレは相棒以上に自分が『生身』である事に自覚がなさ過ぎた。
自分の直ぐ隣で、それこそ息が掛かる程の距離に相棒が居る。
しかも、寝返りをうつ度にこちらの陣地に徐々に迫ってくる。
――…ち、近い!!
「…んんっ…」
少し甘ったるい寝息が無防備に薄く開いた唇を意識させる。
『ほんの少しなら…』と理性の隙間に本心が割って入ってくる。
そっと相棒の肩に手を触れてみた、薄いパジャマ越しに感じる素肌の熱が妙に艶かしい。
―――これは無理だ!!
一瞬、完全にオレはこの状況に流されていた。
いくらオレでもこんな状況では、なにをしでかすかわかったもんじゃない!!
オレは誘惑だらけの自分のベッドから逃げ出すと
「今日は…相棒の部屋で寝るか…」
少なくとも間違いを犯さないであろう、相棒が居ない所で寝る事にした。
誰も居ない静かな相棒の部屋…
何だか不思議な感じだな。
まあ見慣れたあいつの部屋で、勝手なんて分かっている間柄だ。
オレは相棒のベッドに潜り込むと、この状況から脱する為にもさっさと寝る事にした。
―…あいつの匂いがするな…
このベッドも枕も毛布も、全てあいつが普段使っている物だ。
毛布をたぐり寄せ、枕に顔を埋めると、それはより濃密に感じる事が出来た。
「…相棒…」
その求める者の匂いに反応してか、オレの全身が疼く様に熱くなる…
身体の火照りは理性を蕩けさせ、代わりに剥き出しになった獣の様な感覚は、ただこのやり場の無い渇きに餓えていた。
――ヤバイ!やばい!!ヤバイ!!!
何をやってるんだ、オレは!?
コレは変な気にもなるだろ!!
オレは慌ててベッドから飛びのけると、自身の脆弱さを改めて思い知った。
オレは危うく、相棒の部屋で自分を慰めてしまいそうになっていた。
――相棒のベッドで寝るのも、オレには無理だ…
――かといってどうする?
何もないのに客間やリビングで寝れば、変に家族に心配されるだろうし…
結局、オレは相棒が寝ている自分の部屋に戻ってきた。
出来るだけ部屋の隅の方に予備の枕と毛布を出した。
「はぁ…のん気なもんだぜ…」
未だオレのベッドを占領し、悠々と安眠を貪っている相棒が羨ましくて堪らなかった。
オレは眠っている相棒にそっと近付くと、起こさないようにずれた毛布を掛け直してやった。
前は…オレ達が二人で一つだった頃。
あの頃はこうやって一晩中、お前の寝顔をずっと眺めていたな。
それが『眠る』事の意味を無くしてしまっていた、オレの密かな楽しみで些細な幸せだった。
すやすやと気持ち良さそうに眠る相棒の寝顔を見ていると、眠る事の心地良さや安らぎを少しだけ感じる事が出来たからだ。
「お前がオレの夜を照らす、明かりだったのにな…」
でも、今のオレには…
この明かりは眩しくて、少し辛い。
何故だろう『二人』になれて、これ以上ない幸せな筈なのに『二人』になったからこそ、どこか辛く思う事も増えた気がする。
――オレは未だに『あの頃』の様な『二心同体』という
――『完全な安心感』を求めているのだろうか?
二人になった以上、過度な一体感を期待する事自体、それはただの『甘え』でしかならない。
――オレは強くなりたい…
――この先もお前と共に、二人歩んで行ける様に…
「お休み、オレの相棒…」
オレは毛布に包まるとそのまま意識を出来るだけ切って眠りに就いた。
それはオレがまだ千年パズルに居た頃、夜を耐える為によくしていた事だった。
★ ★
白く眩しい朝の陽射しが、ボクに一日の始まりを教えてくれていた。
「んぅ~~よく寝た~~~!!」
ボクはうんと大きな背伸びをすると
「もう一人のボク~朝だよ~!」
そう隣で寝ているであろう、もう一人のボクに声を掛けたが…
「悪い…昨日はよく眠れなかったんだ…」
何だかえらく不機嫌そうな聞き慣れた声が部屋の片隅から聞こえてきた。
「え? なんで?それに…キミ、どうして床で寝てるの?」
★ ★
相棒は『この状況』に全然理解を示してくれそうに無かった。
―まったく、誰の所為だと思ってるんだ…
「相棒がオレのベッドを占領したからだろ」
オレは少しふて腐れた態度で能天気な相棒を非難してやった。
「えっ?でも2人位なら一緒に眠れるよ?」
それは相棒とオレとの『物理的な距離』の意味では可能なのであって…
「無理だ」
『心の距離』としては、オレには無理である事は昨日の出来事で思い知った。
「それにボクの部屋使ってイイっていったよね」
いくら相棒といえども、オレが寝なかった事について、なにかしらの不自然さを感じてはいるのだろう…
「相棒…」
これでわかった筈だ、いつまでも『あの安心感』に浸りたい余りに、相棒との距離を曖昧にしていたのはオレの方だ。
――だからこそ…
「『オレのベッドで眠る』のと『オレと寝る』のは、全く意味が違うんだぜ?」
オレはこの『距離』に…自分から一歩、線を引いた。
「?」
この密な近しさが、相棒のオレに対する好意や信頼だとしても…
「オレはお前となら何処でも寝られる」
その『友情』を裏切らない為にも、オレはこの居心地の良さを拒絶しなければならない。
「―…お前が…望むならな」
けれど、望むなら…
あいつにもオレを求めて貰いたい…
「もう一人のボク?」
相棒は少し戸惑いながらも、オレの話を最後まで聞いてくれていた。
オレからのこんな唐突な拒絶に、相棒は明らかに動揺していた。
「オレはもう少し寝るぜ…おやすみ」
こんな言い方でしか、お前に伝えられなかった自分が情けない…
オレは空いたベッドに戻ると
相棒に背を向けて無造作に毛布に包まった。
「う、うん…おやすみ」
相棒はそんなオレに言葉を掛けると、オレを気遣ってか静かに部屋から出て行った。
そんな、相棒の思い遣りが…
今の自分には足りなくて、それが胸に苦しかった。
★ ★
『オレはお前となら何処でも寝られる』
『―…お前が…望むならな』
――アレって…どういう意味だったのかな…
自分の部屋に戻ってから、ボクは彼が言った言葉の意味を考えていた。
「ボクが望むなら一緒に寝る」といっていた、でもボクはいいよって言った筈なのに、もう一人のボクはボクと一緒には寝なかった。
「そういえば…ボク達、二人になってから一緒に寝た事ないな…」
今までは二人で眠るといっても、もう一人のボクは眠る必要が無いと言っていたし、思えば一人で眠るのとさほど変わらなかった。
でも今は、もう一人のボクを相手の存在を強く感じる中で…
ボクは眠れるのだろうか?
―もう一人のボク、困ってたな…
「今度はちゃんと自分の部屋で寝よう…」
元はと言えば、自分のワガママ…という程では無いハズだが少なくとも、もう一人のボクの事を考えなかった気ままさが招いた事だ。
でも、もう一人のボクの部屋に居ると眠くなるっていうか、なんか居心地が良いんだよね…
まるで『心の部屋』に居た時に感じたような、とても懐かしく、温かな安心感…
ボクは未だに『あの安心感』に甘えているんだなぁ…
「ボクって、ダメだよね…」
今更ながら、もう一人のボクには悪い事したな。
『親しき仲にも礼儀あり』
一番親しい相手だからこそ、自分の手で大切にしたい。
今までだって、そうだったんだ…
もう一人のボクの『相棒』として、しっかりしなくちゃ!!
ボクは自分の部屋を出ると朝食を取りにリビングに向かった。
ぼんやりと休みの日特有の少し遅めの朝食を食べながら。
ボクは…
後でもう一人のボクになんて謝ろうかと気がつけば、そんな事ばかり考えていた。
★ ★
痛む節々と軋む恋慕を抱え、オレは自分のベッドにやっとの思いで還る事が出来た。
毛布に包まっていたとはいえ、床で寝るというのは想像以上に身体に堪えたらしい。
自分のベッドがこれ程までに心地良いと思えたのは、ある意味で初めてかもしれない。
流石に気が抜けてきたのか、枕に顔を埋めるとオレは大きく息をついた。
―…相棒の…匂いがする…
オレのベッドにかすかに残る、相棒の温もりと残り香。
でも、それは自分の匂いと混ざり合って、不思議な安心感に変わっていた。
それは多分、オレ達が何もかも一つだった頃の懐かしい匂いだった。
ああ、そうか…
オレ達は違っていたのに気が付かなかったんだ。
あの頃は互いに近く交じり合い、相手の匂いなんて感じなかった。
でも、今は…どんなに近くてもお前がわかる。
――…オレ達は、本当に『二人』になれたんだな…
だからこそ…
お前と共に眠れたら、それはどんなに心地良いだろうな…
まどろむ様な睡魔が身体と思考を重くしていく。
このひと時の休息に身をゆだねながら…
オレは…
目が覚めたら、なんて相棒に声を掛け様かと、そんな事ばかり気にかけていた。
――本当に寝ても覚めても、あいつの事ばかりだな…
>END
『相棒と同じベッドじゃ眠れないぜ!』がテーマの
闇→表片想い時期な『闇様の眠れぬ一夜』のお話です
過去に「だぶる★マインド」にて発行した同人誌のWEB再録です。
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「ナイト・ライト」
…『もう一人のボク』…
―ただ愛しい声に導かれて、オレは今ここに居る。
★ ★ ★
「大好きだよ…もう一人のボク」
相棒は愛しげに呟くと、戸惑うオレをそっと両手で抱きしめた。
「相棒…」
受け入れられる事、愛される事の充足感…
ただ温かく、穏やかな幸福感がオレの全身を包み込む。
「ああ、オレもお前が好きだぜ…」
自然と零れる、この言葉に嘘はない…
――ああ…きっとこれは都合の良い『夢』なんだろうな…
徐々に意識が鮮明になるにつれて、夢がおぼろげになっていく。
――だからこそ…『夢』なら、もう少しだけ覚めないで欲しい…
だが、このままならなさこそが『夢』と『現実』が唯一似通っている点なのだ。
霞んでいく夢の中でオレはあいつを抱きしめていた。
ただ、離さない様に…ただ、見失わない様に…
このひと時の『夢』を忘れない様にと。
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ぼんやりとした意識の中、何を掴むでも無く空に手を伸ばす。
まだ起き抜けで感覚の鈍い腕で身体を起こし、周りを見渡すとそこはやっと見慣れはじめてきた自分の部屋だった。
「…夢か…」
寝汗で少し汗ばむ身体、徐々に冷めていく身体の熱と思考が、さっきまでの出来事を自分が見た都合の良い『夢』なのだと教えてくれた。
―これなら、いっそ潔くエロイ夢の方がマシだな…
折角の心地良い『夢』なのだ、だったらもっと欲望に忠実な筈だと思うのに、その素直だという夢の中で、オレがした事といえばあいつをこの手で抱きしめる事だけだった。
――オレは本当にあいつの事が好きなんだな…
相棒は…『遊戯』はオレにとって…
不確かだった自分を『大切だ』と言ってくれた。
全てを受け入れてくれた、愛しくて大事な特別な存在。
一番の親友で、今は家族の様な存在でもあり…
オレの想い人。
こうやって相棒と一緒に居られる様になって、一人の人間として『二人』になれたからこそ、本当の意味であいつの傍に居られるようになった。
それは、とても嬉しい事の筈なのに…
――まったく『夢』に引っ張られ過ぎだな…
甘い夢の残り香を振り払う様に、オレはベッドから起き上がると洗面所へ向かった。
丁度、洗面台の前には身支度を済ませたばかりの相棒の姿があった。
「おはよう、もう一人のボク!」
オレの姿を見ると相棒はいつもと変わらない元気な朝の挨拶をした。
だから、そんな相棒の笑顔を見ていると、先ほどまで見ていた『夢』が『現実』を浸食しそうになる。
――『大好きだよ…もう一人のボク』
「ああ、おはよう…相棒…」
どうにも収まらない鼓動と気を抜くと紅潮しそうになる顔を隠す様に、オレは相棒の傍を通り抜けると真直ぐ洗面台へ向かった。
――マズイな…相棒の顔、まともに見れないぜ…
蛇口をひねり、叩き付ける様に冷水で顔を洗うと、『夢』と『現実』を行き来していた思考は、、だいぶ幾分かマシになった。
――これが今のオレの『現実』
武藤家の一員として、暮らし始めてはや数週間…
この『日常』が、オレの中でもやっと『普通』になってきてくれていた。
「…相棒」
あの『夢』は間違いなく、オレの中の『本心』だった…
『お前が好きだ』
たった一言の言葉の筈なのに…
「ん?どうしたの、もう一人のボク」
この相棒の無邪気な笑顔を前にすると、急に言い出せなくなってしまう…
「今夜も一緒にゲームしようぜ!」
結局、今日も当たり障りの無い『約束』だけを手に入れてしまう。
この心地良さを手放したく無いという、己の弱さと卑怯さが少し恨めしく思う。
「うん、今度こそ負けないからね!」
こんなオレの臆病な誘いに、嬉しそうに応えてくれる相棒の笑顔がオレの心をどうしようもなく惹き付ける。
オレはこのかけがえのない『普通の日々』に甘えているんだろうな。
生を、肉体を得て、オレは失う事に臆病になってしまったのかもしれない…
あんな『夢』を見てしまう程、オレはお前を求めているのにお前はそんなオレの気持ちを、きっと『夢』にも思っていないのだろうな…
★ ★ ★
楽しい事や嬉しい出来事というのは、いつも本当にあっという間だ…
オレは気がつけば夜遅くまで相棒と二人、ゲームに耽って遊んでしまっていた。
「…流石に…眠い…ね…」
大分重たくなっているらしい目蓋を無理に擦りながら、相棒は大きなあくびをした。
「そうだな、もうこんな時間か…」
この睡魔からの誘いに先に根を上げるのは、大体いつも相棒の方だ。
こんな深夜までオレに付き合ってくれたのだ、もう大分眠いのだろうな。
相棒は眠そうな顔で最後の気力だろうノロノロと立ち上がると…
「もう一人のボク、ベッド借りるね」
バタリと力尽きたかの様に、オレのベッドのド真ん中に倒れ込んだ。
「お、オイ!?相棒、自分の部屋で寝ろよ!」
そう、ここは『オレの部屋』で在って『お前の部屋』ではないんだぜ。
「んぅ…ちょっと位イイだろ…」
だが相棒はというと、ベッドの柔らかな誘惑にすっかり絡め獲られていた。
「ま、待て!オレは何処で寝るんだよ!!」
相棒にそこで力尽きられたら、それこそオレは何処に還れば良いんだ…
「別に一緒に寝ればいいだろ~…」
もう眠たさの限界なのだろう…
相棒はオレにとっては酷く甘美で同時に、とても残酷とも言える妥協案を提示していた。
「無理だ!」
この少々嬉しくない誘惑に、オレはキッパリと拒絶と反論をした。
「なら…ボクの部屋で寝ていいよ…」
オレが必死の抗議をしているにも拘らず…
相棒は既に半分程、心地良い夢の中といった感じだ。
「だから、お前が自分の部屋で――」
辛うじて会話をする事で現実に留まっている相棒の半身に必死に語りかけるが…
「じゃ、おやすみぃ~」
この『夜の終わりの言葉』と共に…
「…はぁ…寝ちまった…」
あいつはオレのベッドを占拠する眠れる主と化していた。
「―ったく!オレの事も考えろよ…」
さも気持ち良さそうな相棒の寝顔が、なんだか少し憎たらしかった。
――まあ、それだけオレの事など、
――相棒は意識すらしていないのだ…
だから、これは全て『オレの責任』だ…
あいつにオレが抱いている『本当の気持ち』を伝えなかったオレの弱さが招いた『結果』だった。
オレは覚悟を決めて、なるべく平常心で既に相棒に占拠されている自分のベッドへ潜り込んだ。
相棒と二心同体だった頃も、一緒に寝た事なんて何回もある訳だし今日一晩位なら、なんとか乗り切れる筈だ…
だが、そんなオレの考えは非常に甘かった…
オレは相棒以上に自分が『生身』である事に自覚がなさ過ぎた。
自分の直ぐ隣で、それこそ息が掛かる程の距離に相棒が居る。
しかも、寝返りをうつ度にこちらの陣地に徐々に迫ってくる。
――…ち、近い!!
「…んんっ…」
少し甘ったるい寝息が無防備に薄く開いた唇を意識させる。
『ほんの少しなら…』と理性の隙間に本心が割って入ってくる。
そっと相棒の肩に手を触れてみた、薄いパジャマ越しに感じる素肌の熱が妙に艶かしい。
―――これは無理だ!!
一瞬、完全にオレはこの状況に流されていた。
いくらオレでもこんな状況では、なにをしでかすかわかったもんじゃない!!
オレは誘惑だらけの自分のベッドから逃げ出すと
「今日は…相棒の部屋で寝るか…」
少なくとも間違いを犯さないであろう、相棒が居ない所で寝る事にした。
誰も居ない静かな相棒の部屋…
何だか不思議な感じだな。
まあ見慣れたあいつの部屋で、勝手なんて分かっている間柄だ。
オレは相棒のベッドに潜り込むと、この状況から脱する為にもさっさと寝る事にした。
―…あいつの匂いがするな…
このベッドも枕も毛布も、全てあいつが普段使っている物だ。
毛布をたぐり寄せ、枕に顔を埋めると、それはより濃密に感じる事が出来た。
「…相棒…」
その求める者の匂いに反応してか、オレの全身が疼く様に熱くなる…
身体の火照りは理性を蕩けさせ、代わりに剥き出しになった獣の様な感覚は、ただこのやり場の無い渇きに餓えていた。
――ヤバイ!やばい!!ヤバイ!!!
何をやってるんだ、オレは!?
コレは変な気にもなるだろ!!
オレは慌ててベッドから飛びのけると、自身の脆弱さを改めて思い知った。
オレは危うく、相棒の部屋で自分を慰めてしまいそうになっていた。
――相棒のベッドで寝るのも、オレには無理だ…
――かといってどうする?
何もないのに客間やリビングで寝れば、変に家族に心配されるだろうし…
結局、オレは相棒が寝ている自分の部屋に戻ってきた。
出来るだけ部屋の隅の方に予備の枕と毛布を出した。
「はぁ…のん気なもんだぜ…」
未だオレのベッドを占領し、悠々と安眠を貪っている相棒が羨ましくて堪らなかった。
オレは眠っている相棒にそっと近付くと、起こさないようにずれた毛布を掛け直してやった。
前は…オレ達が二人で一つだった頃。
あの頃はこうやって一晩中、お前の寝顔をずっと眺めていたな。
それが『眠る』事の意味を無くしてしまっていた、オレの密かな楽しみで些細な幸せだった。
すやすやと気持ち良さそうに眠る相棒の寝顔を見ていると、眠る事の心地良さや安らぎを少しだけ感じる事が出来たからだ。
「お前がオレの夜を照らす、明かりだったのにな…」
でも、今のオレには…
この明かりは眩しくて、少し辛い。
何故だろう『二人』になれて、これ以上ない幸せな筈なのに『二人』になったからこそ、どこか辛く思う事も増えた気がする。
――オレは未だに『あの頃』の様な『二心同体』という
――『完全な安心感』を求めているのだろうか?
二人になった以上、過度な一体感を期待する事自体、それはただの『甘え』でしかならない。
――オレは強くなりたい…
――この先もお前と共に、二人歩んで行ける様に…
「お休み、オレの相棒…」
オレは毛布に包まるとそのまま意識を出来るだけ切って眠りに就いた。
それはオレがまだ千年パズルに居た頃、夜を耐える為によくしていた事だった。
★ ★
白く眩しい朝の陽射しが、ボクに一日の始まりを教えてくれていた。
「んぅ~~よく寝た~~~!!」
ボクはうんと大きな背伸びをすると
「もう一人のボク~朝だよ~!」
そう隣で寝ているであろう、もう一人のボクに声を掛けたが…
「悪い…昨日はよく眠れなかったんだ…」
何だかえらく不機嫌そうな聞き慣れた声が部屋の片隅から聞こえてきた。
「え? なんで?それに…キミ、どうして床で寝てるの?」
★ ★
相棒は『この状況』に全然理解を示してくれそうに無かった。
―まったく、誰の所為だと思ってるんだ…
「相棒がオレのベッドを占領したからだろ」
オレは少しふて腐れた態度で能天気な相棒を非難してやった。
「えっ?でも2人位なら一緒に眠れるよ?」
それは相棒とオレとの『物理的な距離』の意味では可能なのであって…
「無理だ」
『心の距離』としては、オレには無理である事は昨日の出来事で思い知った。
「それにボクの部屋使ってイイっていったよね」
いくら相棒といえども、オレが寝なかった事について、なにかしらの不自然さを感じてはいるのだろう…
「相棒…」
これでわかった筈だ、いつまでも『あの安心感』に浸りたい余りに、相棒との距離を曖昧にしていたのはオレの方だ。
――だからこそ…
「『オレのベッドで眠る』のと『オレと寝る』のは、全く意味が違うんだぜ?」
オレはこの『距離』に…自分から一歩、線を引いた。
「?」
この密な近しさが、相棒のオレに対する好意や信頼だとしても…
「オレはお前となら何処でも寝られる」
その『友情』を裏切らない為にも、オレはこの居心地の良さを拒絶しなければならない。
「―…お前が…望むならな」
けれど、望むなら…
あいつにもオレを求めて貰いたい…
「もう一人のボク?」
相棒は少し戸惑いながらも、オレの話を最後まで聞いてくれていた。
オレからのこんな唐突な拒絶に、相棒は明らかに動揺していた。
「オレはもう少し寝るぜ…おやすみ」
こんな言い方でしか、お前に伝えられなかった自分が情けない…
オレは空いたベッドに戻ると
相棒に背を向けて無造作に毛布に包まった。
「う、うん…おやすみ」
相棒はそんなオレに言葉を掛けると、オレを気遣ってか静かに部屋から出て行った。
そんな、相棒の思い遣りが…
今の自分には足りなくて、それが胸に苦しかった。
★ ★
『オレはお前となら何処でも寝られる』
『―…お前が…望むならな』
――アレって…どういう意味だったのかな…
自分の部屋に戻ってから、ボクは彼が言った言葉の意味を考えていた。
「ボクが望むなら一緒に寝る」といっていた、でもボクはいいよって言った筈なのに、もう一人のボクはボクと一緒には寝なかった。
「そういえば…ボク達、二人になってから一緒に寝た事ないな…」
今までは二人で眠るといっても、もう一人のボクは眠る必要が無いと言っていたし、思えば一人で眠るのとさほど変わらなかった。
でも今は、もう一人のボクを相手の存在を強く感じる中で…
ボクは眠れるのだろうか?
―もう一人のボク、困ってたな…
「今度はちゃんと自分の部屋で寝よう…」
元はと言えば、自分のワガママ…という程では無いハズだが少なくとも、もう一人のボクの事を考えなかった気ままさが招いた事だ。
でも、もう一人のボクの部屋に居ると眠くなるっていうか、なんか居心地が良いんだよね…
まるで『心の部屋』に居た時に感じたような、とても懐かしく、温かな安心感…
ボクは未だに『あの安心感』に甘えているんだなぁ…
「ボクって、ダメだよね…」
今更ながら、もう一人のボクには悪い事したな。
『親しき仲にも礼儀あり』
一番親しい相手だからこそ、自分の手で大切にしたい。
今までだって、そうだったんだ…
もう一人のボクの『相棒』として、しっかりしなくちゃ!!
ボクは自分の部屋を出ると朝食を取りにリビングに向かった。
ぼんやりと休みの日特有の少し遅めの朝食を食べながら。
ボクは…
後でもう一人のボクになんて謝ろうかと気がつけば、そんな事ばかり考えていた。
★ ★
痛む節々と軋む恋慕を抱え、オレは自分のベッドにやっとの思いで還る事が出来た。
毛布に包まっていたとはいえ、床で寝るというのは想像以上に身体に堪えたらしい。
自分のベッドがこれ程までに心地良いと思えたのは、ある意味で初めてかもしれない。
流石に気が抜けてきたのか、枕に顔を埋めるとオレは大きく息をついた。
―…相棒の…匂いがする…
オレのベッドにかすかに残る、相棒の温もりと残り香。
でも、それは自分の匂いと混ざり合って、不思議な安心感に変わっていた。
それは多分、オレ達が何もかも一つだった頃の懐かしい匂いだった。
ああ、そうか…
オレ達は違っていたのに気が付かなかったんだ。
あの頃は互いに近く交じり合い、相手の匂いなんて感じなかった。
でも、今は…どんなに近くてもお前がわかる。
――…オレ達は、本当に『二人』になれたんだな…
だからこそ…
お前と共に眠れたら、それはどんなに心地良いだろうな…
まどろむ様な睡魔が身体と思考を重くしていく。
このひと時の休息に身をゆだねながら…
オレは…
目が覚めたら、なんて相棒に声を掛け様かと、そんな事ばかり気にかけていた。
――本当に寝ても覚めても、あいつの事ばかりだな…
>END
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オタク同人・腐女子
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アニメ「遊戯王DM」の『海馬瀬人』と、CPなら『闇遊戯×表遊戯』好きな同人女です★
基本的に「好き合ってるCPなら性別気にしませんw」
ドール・フィギュア・ミニチュア等の立体系オタでもあります。
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